希望の泉

「団地の中で育った子どもたちにとって、この団地がふるさとである。そんな子どもたちにとってこの横尾中学校は、単に子どもが教育を受ける場所であるだけでなく、地域社会のスポーツ、文化のセンターであり共有財産である。」開校当時のPTAや地域の方々は、このような思いから、学校を団地の中の心潤う場所として考え、1ヶ月100円積立金や緑のバザーなどを行い、『希望の泉』を作り上げた。
暑い日も静かに聞こえる水音は、子どもたちの心を潤わせてくれている。

自立の森

校歌の中の『自立の若木・・・』という部分から名付けられた『自立の森』は、横尾中学校玄関前広場に、大きな樹木、自然石、芝生、花壇などを配し、『希望の泉』の噴水とあわせて、小さな緑と公園を作り上げることをねらいとしている。地域に根ざした学校作りを開校当時から目指している。

 


長い体育館

昭和55年、14学級、569名でスタートした横尾中学校だったが、人口増加につれて昭和59年には、最大780名を越す大規模校と膨れ上がった。そのような状況から、体育館が平成2年に、体育館の後ろ半分(バスケットコート半分)を長くのばす形で増築された。現在は生徒数も220名前後であり、細長い体育館だけが残り、初めて訪れたものを驚かせている。


みんなの森
「桜ものがたり」

西彼杵郡元村郷横尾は、2ヶ年半に及ぶ長崎市編入への住民運動により、昭和48年4月1日に長崎市となった。その後アパートや一般住宅などが次々と完成し、急激な地域の変化、人口の増加など近代化が進んだ。このような変化の中、当時の自治会では『横尾を住みよい町、子どもたちにとって思い出豊かなふるさとにすることは大人の仕事である。』という強い決意のもと、『横尾千本桜』をめざし、運動場東側に桜を植えようと計画した。そこは『みんなの森』と呼ばれ、自治会、子供会、老人会、PTAなど地域総参加で、初年度、桜35本、ツツジ50本が植えられた。その後これまでに700本あまりが植樹されている。それから28年がすぎようとしている。桜は春には今も美しく咲き、人の心を引き継いでいる。