山里小学校 歴史写真館 7

被爆校舎での学校生活  昭和50年〜60年代  
   
 校舎の全景
卒業アルバムに掲載された校舎の写真です。 上空からの写真。当時の市街地の様子がよく分かります。
昭和59年、創立110周年記念の航空写真です。 110周年でも運動場に伝統の人文字が浮かんでいます。
被爆校舎と講堂と体育館が並ぶ、当時の校舎全景。
 当時の学校生活


1年生と6年生が手をつないで遠足。
長縄で元気に遊んでいます。


当時、校庭で行っていたキャンプファイアー。
授業風景。頑張っています。


あの子らの碑や防空壕などに捧げられた折り鶴をここで燃やしていました。

みんなで祈りを捧げています。
火の長、女神などが登場。


運動会。 6年生が伝統の組体操を披露しました。
1年生の入学写真。お母さんと一緒に写っています。
3学期の平和学習。 戦時中の防空ずきんをかぶっています。 当時のもんぺも着用。 よく似合っています。
当時の1年生。 こちらは6年生。


昭和60年。 体育の研究授業です。
  たくさんの先生方の前で鉄棒の技を披露。


さあ、今年も遠足に出発!
今日も朝から永井坂の掃除を頑張っています。


運動場では、たいまつの光の輪が輝いています。
給食の時間です。 ちょっとおすまし。
   
 筒井茅乃さん来校
 永井隆博士の遺児、筒井茅乃さんが著書「娘よここが長崎です」の取材のために、
母校の山里小学校を訪れました。
職員室を訪問し、当時の様子を説明してくださいました。
 当時の子どもたちと「あの子らの碑」  
いつの時代も「あの子らの碑」は山里小の子どもたちを見守ってきました。 今日もみんなで掃除を頑張っています。
この時代はよく「あの子らの碑」の上に座って写真を撮っていたようですね。永井博士は、子どもたちがこの碑の上で遊んでも怪我をしないように低くてずんぐりとした形にしたそうです。
これからも「あの子らの碑」は山里小の子どもたちを見守り続けることでしょう。
 当時の平和記念式
   
原爆で亡くなった1300人の子どもたちの冥福を祈って黙祷を捧げました。 
 8月9日の平和祈念集会です。


こちらは11月の平和祈念式です。旧校舎の中庭で行われていました。
11月に「あの子らの碑」が建立されたので、
毎年11月に平和祈念式を行っています。
当時の「献水」の様子です。 「あの子らの碑」に花を捧げるために階段を駆け上がっています。
今年もたくさんの花で埋め尽くされていきます。 児童全員での黙祷。安らかにお眠りください。
別の年の平和記念式。 この年もたくさんの花輪に囲まれています。
鐘が鳴らされてみんなで黙祷。 毎年繰り返されてきた光景です。


旧校舎の平和記念式。
山里小の子どもたちの思いは、現在も引き継がれています。