山里小学校 歴史写真館 6

被爆校舎での学校生活  昭和40年〜50年代  
 昭和40年代の様子


昭和40年代の校舎です。
当時の先生方。


昭和41年。6年生に手を引かれて楽しい遠足。
やっと着いたよ。きつかったね。


古きよき時代の教室。
みんなで坂の掃除。 この伝統は今も続いています。
今日も授業を頑張っています。 上手に合奏ができました。
給食ですね。 当時の牛乳はビンでした。 元気な子どもたち。
昭和46年の1年生。 昭和48年の1年生。


平和祈念式(11月)の様子です。
花束を抱えた子どもたちが並んでいます。


こちらは8月9日の朝です。一輪の花を持って登校してきます。
「あの子らの碑」に花と祈りを捧げました。


6年生の卒業記念制作で後ろのレンガ塀を作りました。
「あの子らの碑」の後ろにはまだ壁がなく、向こうの景色が見えます。
いつの時代も山里小学校の子どもたちは、「あの子らの碑」と共にあります。 この素晴らしい笑顔と平和がいつまでも続きますように。


図工の版画の授業。うまく刷れるかな?
活気のある授業風景です。
当時のやまばと学級の元気な子どもたちです。 歓声が上がるプール。
当時は現在の駐車場のところに家屋がありました。 被爆校舎はこうして歴史を刻み続けます。
 100周年のころの山里小学校
戦後の復興が着々と進みました。 山里小学校の校舎の整備も進んでいました。
昭和49年。ついに山里小学校が100周年を迎えました。 運動場には「山小百年」の人文字が。
100周年を記念し、山小同窓会が「児童記念館」を建ててくださいました。
これは当時の建物で、2階は今と同様、図書室になっています。
浦上の町は原爆の惨禍からすっかり立ち直り、活気にあふれていました。