山里小学校 歴史写真館 3

原爆の惨禍

消えた町
   
1945年(昭和20年)午前11時2分。原子爆弾が投下され浦上の上空500mで爆発しました。
原爆投下の2日前の写真です。町には多くの民家がありました。 原爆投下の翌日の写真です。すべてが燃え尽きています。
被爆した山里国民学校
原爆投下後の山里国民学校。 運動場の北側には防空壕の黒い穴が数個見えています。
学校周辺の家屋はすべて倒壊し火災により炎上しました。
大橋方面から見た山里国民学校。
見渡す限りの焼け野原。 焼け残った山里国民学校の向こうに岩屋山が見えます。
爆風で破壊された窓です。
内部も破壊され尽くしています
業火の中で
当時の惨状を絵で表したものです。
   
炎上する長崎の町と山里国民学校。  息をひきとる家族に水を与える子ども。
愛する家族を荼毘に付す光景が何日も続きました。
どこまでも続く原子野。
アメリカ軍の調査団が撮影した、被爆3か月後の長崎。
爆心地で微笑む山里小学校の子どもたち。
後ろの建物が当時の山里国民学校の校舎です。
多くの子どもが亡くなった中、奇跡的に生き延びることができました。
当時はみんな家をなくし、食べるのもやっとという状態でした。