城山小学校

 小高い丘の上に建つ城山小学校。原爆落下中心地からわずか500mという距離であったため大きな被害を受けた学校です。同じ原爆の被害を受けた学校として、山里小学校の子どもたちも毎年平和ウォークで城山小学校を訪れています。

少年平和像です。 こちらは平和祈念館。 嘉代子桜です。 三つの願いの碑の前で。
たくさん見て回りました。 勉強になりました。



<解説>


○ 城山小学校


現在の城山小学校 原爆投下後の城山小学校


 城山小学校は大正12年、城山尋常小学校として浦上川に臨む小高い丘の上に創設されました。その後、昭和12年には当時九州随一といわれた鉄筋コンクリート3階建ての新校舎が建設され、被爆前は児童1,500人が通うマンモス校として知られていました。
 しかし、爆心地からわずか500mという至近距離に位置していたため、被爆により強力な爆風と熱線の直撃を受け、木造校舎は瞬時に倒壊全焼、鉄筋コンクリート校舎も大きな亀裂が入り内部は全焼、一部は焼失しました。校内にいた教職員31名、校舎の一部を使用していた三菱兵器製作所勤務の職員や動員学徒ら111名、校区内の児童約1,400名が死亡しました。
 戦後の昭和21年4月からは被爆による児童数の減少などにより一時休校が決定。その3月に戦後初の卒業式が行われましたが、卒業生は男子5名、女子9名のわずか14名に過ぎませんでした。

 現在の城山小学校の敷地内には当時の被爆校舎の一部が保存され、平和祈念館となっています。校庭には嘉代子桜、少年平和像、原爆殉難者之碑などがあります。