消失した街

 現在、市民プールやラグビー・サッカー場、陸上競技場などがある一帯です。かつて大勢の人が暮らす街でしたが、現在はそこに民家はなく人口もゼロです。
かつてあった駒場町という名前さえも消えてしまいました。



原爆投下前の写真。現在のビッグNスタジアムから陸上競技場にかけて多数の民家や工場などがありました。 原爆投下後の写真。街はすっかり燃え尽きています。
現在の陸上競技場付近です。 これが現在の様子です。民家はもうありません。



<解説>


○ 消失した街   〜 消えてしまった駒場町


 現在、陸上競技場、市民プールなどスポーツ施設の点在する旧駒場町は、数多くの工場や住宅が建設され、被爆当時は約230世帯、昼間人口は3,700人余りと推定されています。
 しかし、町の全域が爆心地から500m圏内という至近距離のため即死を免れた1名の生存者も3日後には死亡、生存者は皆無となりました。
 戦後、長崎に進駐した米軍は10月初旬この地に簡易飛行場を建設、「アトミック・フィールド」と呼びました。飛行場はわずか1週間で建設され、住民は米軍の機動力に目を見張るとともに、未だ収容されていない数多くの遺骨を思い暗然としたといわれます。
 昭和24年、国際文化都市建設法の公布に伴い、長崎市は一帯にスポーツ施設の建設に着手。人口のなくなった駒場町は昭和39年、松山町に編入されその歴史を閉じました。