小島養生所跡記念碑
日本初の医学校開設の意気に燃えて,ポンペは咸臨丸で日本にやってきました。始めは,長崎の町の人たちから偏見の目で見られていましたが,献身的に努力するポンペの姿を見た町の人たちは,次第に信頼と尊敬を寄せるようになりました。そして,風通しがよく,人びとが通いやすいというポンペの希望に適した小島郷の丘(現佐古小学校敷地)に,1861年9月20日,養生所が開院しました。ポンペはここで,教頭として医の神髄を教えました。ポンペはこう説いています。「医師は自らの天職をよく承知していなければならぬ。ひとたびこの職務を選んだ以上,もはや医師は自分自身のものではなく,。病める人のものである。もしそれを好まないなら,他の職業を選ぶがよい。」
   
 
   
   
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