長崎市立小榊小学校学校紹介のページ

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学校紹介


 

 
 本校は昭和30年1月1日,旧神ノ島小学校と旧小榊小学校が一緒になって現在地に誕生した。
小瀬戸に,木鉢,神の島 むすぶ白亜の 我が校舎」昭和33年1月1日に制定された校歌に謳われているように隣り合う3地区の和合と希望のシンボルとしてつくられた。
設立当時は,児童数805名,学級数19であったが,現在では平成13年4月1日より立神小を統合した結果、児童数433名,学級数14となっている。(平成25年度4月)
みなと坂の完成等で当時の復活も期待されている。

 「小榊校に 平和あり」の校歌のように,育友会,青少年育成協議会を中心に各地域自治会等の協力を受けながら,地域とともに育つ学校をめざしているところである。

 

 


 小榊小校区について

 本校区は,鶴の港にたとえられる長崎港の西側翼の最先端に位置している。
長崎市の中心部より車で約30分。
穏やかな長崎港の入り口には行き交う船を優しく見守っているマリア像が建っている。
この地域が歴史に登場するのは,長崎港が開港した時期と相前後している。
特に,出島が作られ外国船が出入りする時代になると,本校の目の前に浮かんでいる高鉾島は,出島上陸の検疫所となっていたので,このあたりにはカラフルな旗をなびかせた外国船が停泊し,その船上より,他国から来た人々が,まだ見ぬ異国「日本」への思いを抱きながら小榊地区をながめていたことであろう。

 出島のオランダ医者シーボルトは,小榊地区を日本の典型的な漁村として取材活動をしたらしい。また,シーボルトが帰国する時におたきさん,おいねさん親子と別れた土地でもあると聞く。

 さて現在の小榊地区は,昭和54年木鉢トンネル開通により大きな変化を遂げている。長崎市民の水泳道場だったねずみ島は,埋め立てられ,木鉢・小瀬戸地区には新しい住宅が増えてきている。地区内の産業・企業としては,漁業や自営業も若干見うけられるが,西部工業団地に立地する各種の工業,木鉢清掃工場及び海岸の埋め立て地を利用した海運業・運輸業が主なものとなっている。また、平成17年12月に女神大橋が完成し、平成22年度には高速道路長崎自動車道と接続され、新たな幹線道路網を形成した。さらに「みなと坂」には住宅団地の大規模開発があり、地域は大きく変貌しつつある。そして、平成28年8月1日、小榊小学校は、みなと坂に移転改築を行った。


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教育方針・教育目標

 

 (教育方針)
 共に生きる豊かな心とたくましい体を持ち、自ら学ぶ意欲と確かな学力を身に付け、進展する国際社会で主体的に生きる人間性豊かな児童の育成
 (教育目標)
 心豊かで、明るくたくましい子

 

 

 心(ころ)やさしく 助け合う子

 
 さがし求めて 学ぶ子
 からだをきたえ 明るい子
 きまりを守り やり抜く子
   

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学校の歴史
 
昭  和
 


昭和30年1月

昭和32年1月

昭和36年10月   

昭和39年3月   

昭和40年9月   

昭和45年4月   

昭和49年3月   

昭和50年6月

昭和59年3月

昭和63年2月

昭和63年9月


木鉢・神の島分校合併し、小榊小学校として創立開校

校歌制定

校旗制定

創立80周年合併10周年記念式挙行

教材池完成

体育館落成式

創立90周年合併20周年記念式挙行

プール建設工事完了

創立100周年・合併30周年記念式挙行。木鉢小学校・神の島小学校門柱移設

学校安全努力校として市教育委員会より表彰される。

歯の健康増進指定校としての実践報告

平  成
 

平成3年3月

国旗掲揚台設置  
  平成4年11月  休憩室増設工事完了   
  平成8年3月  生活科室改修工事   
  平成12年8月  図書館改修工事完了   
  平成13年3月  運動場改修工事完了   
  平成13年4月  長崎市立立神小学校を統合・門柱移設   
  平成15年  プール改修工事完了   
  平成16年  統合50周年記念式挙行   
  平成22年 体育館耐震補強工事完了  
  平成28年8月 新校舎(みなと坂)移転
児童数508名,学級数18,教職員数30名
 
  平成28年11月26日 新校舎落成記念式典  

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所在地

工事中

 

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