学校長 あいさつ


 
 本校が所在する「東長崎地区」は、長崎の玄関口として古くから栄え、学校の前を走る「旧・長崎街道」は、江戸時代、鎖国下の日本にあって、西洋文明を伝えるただひとつの道でした。平賀源内、伊能忠敬、吉田松陰、西郷隆盛、そして坂本龍馬などが、大きな夢を抱きつつ、この道を旅したのです。
 この地に本校は、昭和33年、東長崎町内の3つの中学校(矢上中、古賀中、戸石中)が統合し、「東長崎町立東長崎中学校」として誕生しました。その後、昭和38年、長崎市との合併により、「長崎市立東長崎中学校」となったのです。
 昭和57年7月23日に発生した「長崎大水害」では、学校の脇を流れる八郎川が氾濫し、各地で土砂崩れも起きて、町も学校も大きな被害を受け、生徒・保護者にも犠牲者が出ました。忘れられない出来事です。災害からの復興を果たし、住宅団地の開発による生徒数の急増により、昭和62年、本校から橘中学校が分離して開校しました。
 その後も生徒数は増え、現在、全校生徒818名、25学級(通常学級23、特別支援学級2)の長崎県内最大の生徒数を誇る中学校です。
 少子化が進む中、このことは、栄えゆく東長崎地区の「今」を何よりもよく表しています。本校校区内では、「長崎自動車道複線化工事」や「西九州新幹線建設工事」が着々と進んでおり、この東長崎地区は、交通の要衝としてますます発展し、重要な役割を担うようになっています。
 平成26年4月には「新校舎」、平成27年9月には「新グラウンド」が完成し、エレベーターなど、バリアフリーの設備が備わった、最高の教育環境が整備されました。
 また、本校は、「ひがなが」の愛称で親しまれていますが、「部活に燃える ひがなが」「行事に燃える ひがなが」という伝統が脈々と受け継がれています。部活動では、昨年度の長崎市中総体で、優勝5種目、準優勝12種目。長崎県中総体でも、女子ソフトテニス部が3連覇、九州大会でも準優勝し、全国大会へ出場したのをはじめ、多くの選手が九州大会へと駒を進めました。さらに、音楽部も県予選で金賞に輝き、「九州合唱コンクール」に出場するなど、文化・芸術面でも多くの成果を収め、県内随一の「スポーツ・文化の伝統校」としての地位を確かなものにしています。
 一方、本校は、私が着任した2年前、生徒指導上の大きな課題を抱えていました。そうした中「REBORN 新生・ひがなが!」を学校スローガンに掲げ、子どもたちと力を合わせて、新校舎にふさわしい、新たな学校づくりに挑んできました。その結果、生徒の強い決意と努力、地域や保護者の皆さんのご支援のおかげで、短期間の間に学校は見違えるように変わり、「落ち着き」と「笑顔」に満ちた、「誇れる学校」として前進を続けています。
 今年度は、「あいさつ」「校歌」「笑顔」がさらに輝く学校を目指し、「特別支援教育」の充実、「積極的な生徒指導」の推進、「学力向上」に力を傾けています。本校の持ち味は、なんといってもその「数」にあります。人数が多いだけに、皆がまとまり同じ方向を目指していくことに難しさはあります。しかし、多くの仲間が思いをひとつにすれば、「ひがなが」は、他の学校には決して真似のできない圧倒的なエネルギーを生み出すことができるのです。
 今後も学校の営みや子どもたちの姿を、このホームページを使って、積極的に発信してまいります。皆様もどうぞご活用ください。そして、「ひがなが」の子どもたちをぜひ、応援してください。

平成29年4月