淵中平和資料室 希 望 館 

1 設立の経緯及び展示品  
   長崎市内の中学校として唯一の被爆校である淵中学校には、貴重な被爆遺構や被爆関係資料が保存されている。
 これまで、保存・展示場所は、校門北側での屋外保存「平和ゾーン」、校舎1階「淵国民学校被爆写真展示コーナー」、校舎2階「平和資料室」と分散していた。
 被爆70年となる平成27年11月、旧長崎市教育委員会環境整備班詰所を改装し、これらの貴重な資料を一か所にまとめ保存・展示することとした。
 おもな展示物は、次の通りである。

    「淵国民学校の遺壁」 (著しく原爆の痕跡が認められるAランクの被爆建造物)

    「淵国民学校被爆写真」

    「被爆四十周年記念パネル(同窓会より寄贈)」  (被爆前の淵国民学校建設当時の様子を示す貴重な写真)

    「校舎改築時に被爆校舎から出土した原爆遺物」

    「原爆遺物・被爆関係資料(寄贈品)」

  本資料館には、本校生徒の作成した平和パネルと本校第37回卒業生である福山雅治氏の「クスノキ」(山王神社の被爆くすのきを題材)のパネルも展示している。


2 名称について
   生徒から募った名称の案を参考にして、「淵中平和資料室 希望館」と命名した。
 「希望館」という名称には、過去の歴史を知り、未来を見つめていこうという願いを込めている。
 なお、玄関表示板は生徒の書である。




      
 ☝ 建物の外観
 学校の敷地内にありますが、誰でも自由に見学することができます(もちろん無料です。)。
☝ 玄関表示板
 生徒の書で作りました。 
     
 ☝ 室内の様子
 ドアを開けて入ると、卒業生の福山雅治氏の「クスノキ」の歌が流れ、落ち着いた雰囲気の中で 見ることができます。
 ☝ 学校被爆写真パネル
 爆心地から約1.2kmほどの位置にある学校の建物が、爆風と熱線で破壊された様子がわかります。
☝ 学校被爆写真パネル
 江戸時代は、淵中学校の丘の麓まで、長崎港の入り江が入り込んでいました。その後、埋め立てがなされ、三菱の工場も立てられました。 
     
☝ 原爆遺物
 
「溶けたガラス」や変形した鉄筋がガラスケースのなかに展示されています。 ケースの奥の壁には、被爆した楠の写真と福山さんの「クスノキ」の歌詞の写真が掲示されています。
  
 ☝ 学校の被爆した遺壁
 この遺壁に付着した木片は、原爆によって発生した火災で燃えたものです。
 ☝ 世界こども平和会議
 
右側の展示版には、2015.8.5~5.6に長崎市で開催された世界こども平和会議の様子や参加した子どもたちの感想文が展示されています。